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−和して同ぜず。為せば成る。好きこそ物の上手なれ。−日本とラトビアを繋ぐ。ウギス・ナステビッチさん

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314ラトビア・リガ。

ロシアとヨーロッパに挟まれたバルト三国1つ、ラトビア面積は北海道の面積の8割で、人口は200万人ほどの小さな国です。

[caption id="attachment_1128" align="alignnone" width="1024"]IMG_6188 ラトビアの首都リガの旧市街[/caption]

 

日本からの直行便がないため、馴染みの少ないラトビアですが、首都リガを中心に美しい建造物、そして郊外には自然が多く残る観光客に人気の国。またラトビア国民の約半数が、音楽学校に通ったことがあったり、合唱団で歌っていたり、楽器を弾くことができるということから、音楽立国とも表現されます。

今回はそんなラトビア・リガで写真家そして日本とラトビアを繋ぐ活動をしているウギス・ナステビッチさんにお話をお聞きしました。

✔ウギス・ナステビッチさんプロフィール

ugis

ウギス・ナステビッチ(UĢIS NASTEVIČS)。昭和62727ラトビア共和国リガ市出身。写真家。ラトビア神道信者。高校時代に日本語を独学開始。平成19天皇皇后両陛下ラトビアご訪問時のテレビ通訳を担当、在良日本国大使館主催の第六回日本語弁論大会優勝で同年7月に18日間日本語実践の為の初訪日を果たし、手にしたキヤノン一眼レフを機に本格的に写真に取組む。平成20年から一年間、モノクロ写真家A・グランツ氏に師事し平成22年秋から人物写真に専念。現在はリガ市に在住し、写真家の傍ら日本語教師や翻訳通訳案内士として日良交流に活躍中。趣味は伝統紋様、デザイン、レトロ、歌川派浮世絵、アラビア書道、クアクレ。 

参考)ウギスさんのホームページ▷http://www.ugis.info/?jp

 

✔母親にじゃんけんで負け、副社長に!?

[caption id="attachment_1125" align="alignnone" width="1024"]IMG_6206 お話を聞いた喫茶店にて。[/caption]

狭間)今回はお忙しい中インタビューを引き受けてくださりありがとうございます!まず、はじめに現在の職業と仕事内容(どんなことをしているのか)を教えて下さい。

ウギスさん)現在の仕事としては写真家、日⇔良の翻訳家・通訳案内士、日本語教諭、㈲PUZURI取締役副社長をしています。

月火木の夕方は日本語教諭として塾で日本語を教えています。その他の時間で人物撮影の仕事をしたり、翻訳の仕事をしたり、通訳の仕事をしたり、という感じです。

*以下、狭間→狭、ウギスさん→ウと表記

狭)有限会社PUZURIとはどんな会社ですか?

[caption id="attachment_1130" align="alignnone" width="163"]名称未設定1 有限会社PUZURIのロゴ[/caption]

ウ)これは自分の仕事の請求書などの取りまとめのために設立した会社です。

PUZURIを設立する前はフリーランスとして仕事を引き受けていました。しかしフリーランスだと外注された仕事を行うという形になり、仕事の請求書や税金などの精算が全て外注した会社側が行うことになります。そうなると会社側は面倒なのであまりフリーランスよりも法人と仕事をすることを優先します。その点で仕事の受注をスムーズにするためにも法人を設立して、フリーランスではなく会社として営利活動をすることにしたのです。

狭)なるほど。では、なぜウギスさんは社長ではなく「副」社長なのでしょうか?

ウ)この会社は請求書などの精算がスムーズに行えるようにするために作った会社なので、会社内の役職はあまり業務に関係しないのです。 

因みに社長は母親です。2012年の10月に設立した際に母親とじゃんけんで役職を決めました母はグラフィックデザイナーとして活動しています。

 

✔日本語を独学で学び、弁論大会で見事優勝。

[caption id="attachment_1131" align="alignnone" width="440"]名称未設定2 独学にもかかわらず弁論大会で優勝を収める[/caption]

)じゃんけん!?そんな方法で役職を決める事例は初めて聞きました。笑 では、どのような経緯で現在の仕事に至ったのですか?

ウ)まあ肩書は仕事とは関係ないので。笑

まず高校時代に日本語と写真術の独学を始めました。そして高卒後は第六回ラトビア日本語弁論大会を優勝し、その特典として初めて日本を訪れたんです。

そして帰国後には日本人の知り合いにラトビアの観光案内と自国の情報発信も始めました。その後、ラトビア大学の日本学コースと文化学院の、写真術を含む映画監督術コース(其々一年半ずつ)を経て、2009年から翻訳代理店の依頼を受けるようになりました。

さらに、2012年には知り合いの日本語塾の方から文法の先生の枠が空いたからぜひやってほしいと言われ、それから日本語講師としての仕事も始めることになったんです。

 

✔きっかけは百科事典の浮世絵

[caption id="attachment_1132" align="alignnone" width="439"]名称未設定3 日本に興味を持つきっかけになった歌川派の浮世絵[/caption]

狭)どうしてそもそも高校時代に日本語を独学で勉強しようと思ったのですか?

ウ)私は子供の頃から乱読が好きで、小学生時代に自宅の百科事典を乱読していた際にたまたま歌川派の浮世絵を目にしました西洋にない描写にとても刺激を受け、また絵の中の神秘的な模様にも惹かれました。後からその模様は日本語の草書体であることに気づくんですけどね笑

それから漠然と日本に興味を持ち、中学校を卒業した時点で本格的に日本語を勉強しようと思いました。

ラトビアには当時日本語を選択できる高校が一つだけあったのですが、実際にその学校へ行ってみたら今季は日本語教師がいないと言われました。次に日本語が勉強できる私立の塾に行こうと話を聞きに行きましたが学費が経済的に無理な金額だったので諦めました。また家庭教師も探しましたが見つかりませんでした。

結果、独学で学ぶしか方法がなくなったのです。

因みに日本語に興味をもったのは決してマンガやアニメからではないです!

 

リーマン・ショックを機に写真業界へ

[caption id="attachment_1133" align="alignnone" width="437"]名称未設定5 ウギスさんの人物撮影の作品[/caption]

狭)浮世絵から日本に興味を持つのは珍しいですね!次に写真家として活動することになった背景を教えて下さい。

ウ)高校時代、私は学級生活の思い出のために短編映画を撮りたいと思い5ヶ月かけて映画を制作したんです。それがきっかけでKomediaという、青年の映画制作会社を経営していました。会社と言っても日本で言う社団のようなものなのですが。

狭)なんと、映画制作も行っていたんですね!

ウ)はい、最初に作った映画の反響が大変良かったのでまた作りたいと思い、それから映画制作に力を入れるようになりました。Komedia2007年に法人化し、だんだん映画の規模もペースも早くなってラトビア国内に150人も役者希望者がいました。これは当時のラトビアでは前代未聞の規模と言われたんですよ。

しかし、Komediaリーマン・ショック直後から一気に下向きになってしまいました。当時ラトビアリーマン・ショックの影響をもろに受け不景気の奈落へ落ちました。

同時に映画業界では映画を作ってという依頼が激減してしまい、自分自身も別の業界に行かざるをえない状態でした。

写真家としての道を歩くようになったのはこの時からです。

もともと写真は好きでした。そして平成20年から一年間、当時通っていた文化学院の講師だったモノクロ写真家A・グランツ氏に師事して人物写真に専念するようになったんです。それから本格的に写真家としての道も歩むようになりました。

✔常に新発見がある仕事

狭)ありがとうございます!本当に多岐にわたって色んな業種の仕事をなさっているウギスさんですが、それらの仕事の一番のやりがいは何ですか?

ウ)色んな業種の人に会え、常に新発見と経験交換ができること、そして飽きることなく充実した時間過ごせることです。

狭)新発見とは具体的には?

ウ)例えば写真家として撮影のお仕事が入った時、撮影中は被写体の方と色んな会話をするんです。その方のキャリアであったり、業界のことであったり。この会話をしていく中で普段は知ることのできない未知の世界を垣間見ることができるんです。それがまた大きな刺激となっています。

狭)なるほど。そこからまた新しい仕事にも発展しそうですね!

ウ)はい。例えば2年前にリガ市内の消防士の方の写真を撮ったんです。そして数日後、同窓会が会った時にその写真を見た先輩が話しかけてきました。彼は災害外科医として働いている方で、もうすぐ今の病院から他の病院に転院になるかもしれないから思い出として働いてる様子を撮って欲しいと言われました。こういった感じで仕事が連鎖することはありますね。 

✔写真を通じて日良交流に貢献したい

名称未設定4

狭)では、これからの将来設計、実現したいことなどがあれば教えて下さい。

ウ)日本の風景と人々の美しさを写真に収める旅をしたいです。そして、ラトビアと日本で撮ってきたものを、写真展を通じて両国の人々に紹介したいです。 

またラトビア神道についての本を書きたいという思いもあります。「凄惨な一年」という本で翻訳をしたことはあるのですが、まだ著者として自分の本を書いたことがないので、自分の本を書いてみたいですね。さらに言うと、写真家としては写真集も出したいし、本格的な空撮に挑戦したいという気持ちもあります。 

✔和して同ぜず。為せば成る。好きこそ物の上手なれ。

狭)本当に日本がお好きなのですね!では最後に、海外の視点から日本の若者へ何かメッセージをお願いします。

ウ)中途半端な心意気ではなく、自分が成し遂げたい事をしっかりと意識すること。世間体を気にしすぎないこと。そして失敗を繰り返しながらも成長していく事で、自分だけの人生を後悔なく生ききることです。

最後にこれは私の座右の銘なのですが、みなさんにもお裾分けします。

「和して同ぜず。為せば成る。好きこそ物の上手なれ。」 

✔インタビューを終えて:「好き」を極める。

[caption id="attachment_1135" align="alignnone" width="1024"]IMG_6216 インタビュー後写真を撮りに外へ。[/caption]

ウギスさんとはTwitterを通じてお会いした縁でした。本当に気さくな方で、日本語も堪能。ぼくの知らないような難しい日本語も知っており、博識な方、そして乱読が好きということから知識欲がものすごい方だなという印象でした。

そしてもう一つ、様々なお仕事をしているにも関わらずその仕事が全て「好き」の延長線上にあるということも印象的でした。自分に嘘をつくことなく好きなことにまっしぐらになる。インタビューの途中でどうして日本人があんなにも好きじゃないことを嫌々やっているのかというお話にもなりました。

「好き」を極める。

これを実践している日本人は今の時代本当に少ないと感じています。確かに好きなことを極めるのは簡単なことではありません。ましてや仕事にするには尋常じゃない努力が不可欠。しかし、まずは好きに素直になっていくこと、それ自体に意味があるのではないでしょうか?好きなことだから情熱が沸き起こるし一層努力しようと思う。

自分を知ること、自分に嘘をつかないこと、自分の好きに素直になること。

さあ、ぼくの大好きな旅も半分を切りました。後悔のないように最後まで自分だけの旅をしていきます。

 ウギスさん今回はご協力ありがとうございました!