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10人の旅人によるネパール震災復興活動記録〜想いがあれば、人は集まる〜

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6月18日、ネパールのポカラにて震災復興活動を行うために有志の旅人10人が集結しました。その時のレポートを。

*添付した写真は今復旧中です。

バックパッカー10人によるネパール震災復興活動の始まり

活動内容は首都カトマンズとポカラの間にあるゴルカという街のさらに山奥にある村、マハビール村にて、家が全壊してしまった村民のためのシェルターを建設するというもの。期間は約1週間。

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この活動の発起人は連川裕隆(つれさん)と関根竜司(りゅうじさん)のお二人で、他の旅人はほとんどが彼らとカトマンズの宿で出逢い、有志で活動に参画することになったそうです。

因みに僕はFacebook経由でつれさんに繋げてもらいこの活動に参加することになりました。

お二人はポカラで出逢い、何かネパールのためにできる事はないかと画策。当時知り合ったネパール人のゴパールさんに投げかけた所、支援物資が届く都市ではなく支援の手が届きにくい山奥の村での活動を勧められ、3回の活動を終え、今回の4回目の活動に至ります。

活動記録

−6月19日(金)−

朝5時に起床し、サンタナゲストハウスポカラから目的地のマハビール村という場所まで向かいます。この時は早くて10時間で村まで着くと聞かされていました。

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僕らが乗ったのは心地よいバスの座席とは無縁のまさかのトラッカーの荷台。
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途中大雨が振ったと思ったらいきなり炎天下になり、屋根がないのでまさに地獄でした。

しかし、僕らはその過酷な状況の中、大学生の新歓でするようなウインクキラーというゲームをひたすら楽しみましたwさすがは旅人集団、どんなときに楽しむことを忘れない。

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山々を越えて進むと、ある村の住民が僕たちを引き止めました。

「この先は土砂崩れが起きているから今日は通れない。明日違う道を案内するから今日はここに泊まれ。」

そんなことを急遽言われ、1日目はマハビール村に辿り着くことが出来ずにジャイ村の村民の家に泊まることに。写真は交渉中。どっちが現地人か分からない!
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泊まったジャイ村の村長に「うちの村も助けてほしい」と言われました。

しかし、予算も人員も限られている状況では支援が届いていない1つの村に絞って復興活動をしていかなければならない。被災地では日本人10人が来ただけで期待してしまうのだとりゅうじさんは話していました。

泊まったジャイ村の様子も写真の通り。
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−6月20日(土)−

この日も朝5時に起きて出発するも、ポカラから手配したトラッカーが道を通れず、他のトラッカーを手配せざるを得なくなる。
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都市の道路に慣れているポカラ出身の運転手では、ここの道を行くことが技術的に不可能でした。やむなく現地の村から運転手を手配することに。それまで待機。炎天下の中待機するだけでもかなりの体力を消耗します。
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12時頃に新しいトラッカーと運転手が来て、遂に最後の難関の道、岩が膨れ上がり地割れが起きている道を約4、5時間かけて行くことに。道は想像以上のひどい道でした。
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ところどころでトラッカーがスリップ。スリップが起きる毎にみんなで後ろから押し上げる。炎天下から一変、大雨で前に進めない。

そして最後の難関を超え、5時頃に目的地のマハビール村に到着した。昨日の朝5時から出発して約48時間もの時間がかかりました。

マハビール村に到着したら花飾りをつけてくれて、ご飯を作って待ってくれていて歓迎ムード。
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まるでボランティアではなくツアーのような。2日目は移動の疲れを癒す&夜は電気がほぼ無いので作業は出来ず就寝です。

−6月21日(日)−

朝は雨なので作業できず、9時頃から簡易シェルター建設作業を開始。

最初こそ、手こずったものの、ポカラからずっと一緒に来ていた26歳のベテラン職人ラメーシュがシェルター建設の手ほどきを一から教えてくれたので2つ目以降はスムーズに進む進む。合計6つのシェルターを立て、午後5時頃に作業終了。
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マハビール村は約100人が住んでいる山のほぼ頂上に位置する村。村人の家はほぼ全て全壊し、なくなった村人は3人。
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ご飯は村の人たちが3食作ってくれます。どうやら食料にはあまり困っていないみたい。
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僕らの泊まったテントはこちら
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村にはもちろんシャワーなんてないので近くの滝か、水道で水浴びです。
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−6月22日(月)−

この日も目標は6つのシェルター作り。日程の関係から今日で僕は残念ながら活動を先に終了します。他の9人の旅人はあと2日ほど残ります。

今までお世話役をしてくれた村の先生的存在のギャヌーに明日帰るということを話すと「次はいつ来るの?」と。

僕は何も答えることができなかった。

でも、必ずまたここに来たい。そう伝えました。この村があと何年後かに今とどう変わっているのか、それを見てみたいし、何よりここに住んでいる村人が暖かく異国の旅人をまるで家族のように扱ってくれたから。

この日もシェルター建設はスムーズに行き、昼の3時ころには全てのシェルターを立て終わりました。
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夜ご飯までの間で学校から帰ってきた村の子どもたちと村の周辺を散策。ひび割れが物凄いです。
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夜は宴が始まりました。踊って、歌ってのてんやわんやで夜11時頃に就寝です。
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−6月23日(火)−

朝4時に起きてカトマンズまでのバスが出ている山の麓まで2時間以上かけて下ります。ギャヌーとカルラが付いてきてくれました。
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ここで驚いたのが彼らが履いていたのは靴ではなくビーサンだったこと。笑

険しすぎる山道なのにビーサンで息を荒げることなくひょいひょいと下る村人。
一方、靴で下っているのに何度も滑りかけ、息を切らしている自分。

なんとも彼らは麓のマーケットで買い物をするために往復4・5時間以上1,800mの山を何度も下って登っているというのだから、ぶっ飛んでます。

こうして無事麓まで下り、バスに乗ってカトマンズまで予定通りに行くことができました。

その後、2日経って無事シェルター建設の活動は終了し、メンバーは皆ポカラに帰還したそうです。

僕らは旅人。発起人のつれさんとりゅうじさんは9月までここに留まると言っていましたが他の旅人はまたそれぞれ自分の旅を再開します。

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想いがあれば、人は集まる。

今回のように旅人が10人集まって同じ活動を旅中にすること自体が滅多にないことで、それを実現出来たのは、バックでサポートしてくれた方々や、村人たちの意思、僕たちの想いが一致したから。1つでも欠けていたら活動できていない。

ネパールの人たちの、被害を受けながらも必死に復興しようとする『想い』
僕たち旅人のネパールのために何かしたいという『想い』
寄付などバックで支えてくれた方たちのネパールへの『想い』

想いがあれば、人は集まる。人が集まれば大抵のことは実現出来る。

当たり前のことかもしれないけれど、当たり前のことだからこそ、こういうことを大事にして生きていきたい。

ネパールの人たちは必死に生きています!僕たちも必死に生きよう!!

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最後に、発起人のつれさん、りゅうじさん、そして一緒に活動したジミーさん、ゆーごさん、かずやさん、せいたろうさん、あきさん、かける、けい、本当にありがとうございました!!みなさん、よい旅を!!

pray for nepal

ps.今回の発起人であるつれさんりゅうじさんは9月までネパールにいるらしいので、もしこれを見て何かネパールのためにアクションを起こしたいと思った方はぜひ連絡してみてください。(名前をクリックするとお二人のFacebookアカウントに飛びます)